2006年06月09日

「増刷」について

ということで、現存している「改造」には「アインシュタインの予言」は掲載されていませんでした。ただ、ひとつ気になる指摘があります。

また「アインシュタインの予言」に文句つけてるよ^^|きちが石根
滞在中に雑誌改造『アインシュタイン博士来日特集号』発行。計4度の増刷を重ねた。件の言葉は博士離日後の翌年の第3版から掲載されている。


という指摘です。つまり現存している「改造」には掲載がなくても、よりレアな「増刷分」には掲載されていたのだという主張をされる余地があります。

「自分しか持っていない増刷」があると主張すればなんでも通ってしまうのですが…。反論できません。しかし、いくつかの可能性については指摘しておきます。

・雑誌はあまり増刷はかけない

戦後の出版業界の慣行ですが、ムックや別冊などの不定期刊行分を除くと「通常は増刷をかけることはありません」。これは、雑誌は速報性を重視した媒体であり、記事の差し替えなどをするくらいなら次号以降の記事として採用したほうが有利だからです。また、増刷しても広告主から新たに広告代を取ることはできないので損する部分もあります。なお、ムックや別冊は“流通形態の特殊な書籍”なので増刷対応をすることはあります。

「改造」の該当号=1922年12月号は通常号です。従って増刷をかけたという可能性は低いのではないかと思います。

・新たな書簡なら別の号に載せる

当時は、知識人からの書簡は非常に大きな価値をもっていました。どんなにありきたりの文面でも、新たに発刊するぶんに載せるほうが商品価値を有効利用できます。したがって単なる増刷分に高名な博士からの玉稿を載せたというのはかなり考えづらいです。

・短期間で増刷・差し替えが可能か

「滞在中に雑誌改造『アインシュタイン博士来日特集号』発行。計4度の増刷を重ねた。件の言葉は博士離日後の翌年の第3版から掲載されている」というのが事実だとすると、博士の来日が1922年11月。その翌年で1923年1月ないし2月号が発行される1月までに4刷を重ね、なおかつ版の差し替えも行ったということになります。

しかし、当時はDTPではありません。単に刷を重ねるだけなら簡単にできますが、読者からの反響や博士からの書簡をこんな短期間で誌面に反映する余裕があったでしょうか。少し考えづらいと思われます。
posted by ein at 10:07 | TrackBack(0) | 検証 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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