2006年06月09日

「改造」1923年2月号

来日の興奮さめやらぬようすで、「改造」には翌年の2月号にもいくつかのアインシュタイン関連記事が掲載されています。

この中には講演旅行中に同行した石原純氏による「アインスタイン教授の講演」という記事があります。このなかではアインシュタインの戦争と当時の日本の世相についての印象を伺える文章があります。p.43からの
教授はそう云う境遇のために心から戦争を憎み、軍隊を嫌い、ひたすらに平和との共助とを望んでいられます。大きな塀をめぐらした兵営の傍を通ったり、神社の前庭に大砲や弾丸を飾ってあるのを見て、どんなに苦い気持ちをもたれたことでしょう
です。

これについては、一部で喧伝されている「アインシュタインの“平和主義”は今の左翼が夢想するような“軍備否定”ではなかった」とは一致しないイメージを受けます。もちろん本人の言辞ではありませんが。また、当時も国家神道に属する神社には大砲などが飾られており、軍国主義とイメージがリンクしていたことも伺えます。

また、「アインスタイン博士答弁」という原稿も掲載されています。これは博士が日本人からの質問に答えるという体裁をとった記事です。ここで、はじめてアインシュタインが日本の軍国主義について触れています。先にも述べたように「短期間の在留では知見が足りない」と謙遜しながらも、p.196にあるとおり
私に純粋の政治的問題と思われるのは軍国主義に対する争闘です。これが私の意見ではこの国に対しての実際の危険です
と述べています。つまり、日本の軍国主義に対して危機感を表明しているわけです。

ちなみに、ご存じのように当時の雑誌は当局の検閲を経ない限り発行できませんでした。「改造」でもそこかしこに検閲に引っかかって伏せ字になっている部分が多く見受けられます。そのなかでこのような文言が世間に公表されていたというのは、なかなか意外な発見でした。
posted by ein at 09:33 | TrackBack(0) | 検証 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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