2006年06月09日

再度結論

このように、中澤氏の調査を僭越ながらも補完するかたちで検証してきた結果、
少なくとも雑誌「改造」からは「アインシュタインの予言」は見つからなかった
という結論に至りました。

もちろん、重要なのは事実です。

もし、実際に「予言」が掲載されている「改造」があるのであれば、その資料に基づいたレポートをぜひネットに公開していただきたいと思います。

なお、ここまでで引用した資料については、いずれも最寄りの図書館等で正確さを検証できることを念のために書き添えておきます。
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「読者投稿」について

また、また「アインシュタインの予言」に文句つけてるよ^^|きちが石根には、以下のような指摘があります。

ネタばらししますと、アインシュタイン博士のメッセージ書簡は事実です。ただし、改造での取り扱いは実は非常に小さいものです。なぜならその他の改造読者向けの投稿の方が大切だったからです。


これは「メッセージ書簡は読者コーナーのようなページで取り上げられたので扱いが小さかったのだ」という意味に、筆者は理解しました。

しかし、当時の「改造」には「読者コーナー」はありませんでした。

これは当然で、当時に雑誌などに意見を寄せるような人間はごく一部の知的エリートに限られていたからです。当然“読者”からの投稿などといえば公開書簡による議論というようなかたちで扱われ、大きなページを割くことになります。いまの雑誌の巻末にあたりまえにあるような読者との交流欄は成立しません。

したがって、アインシュタインの書簡をほかの読者の投稿と並べて載せるような読者コーナーは「改造」にはなかったのです。

また「扱いを小さくする」ことは物理的にも不可能です。

当時は活字を植える方式の活版印刷が主流でした。いまはDTPですからどのように小さなフォントも扱うことが可能ですが、「改造」のような雑誌の誌面本文の文字サイズはほぼ一種類に限られています。しかも非常に大きいのです。

限られた誌面に投稿がいくつもひしめきあうようなレイアウトは、当時の雑誌では難しかったのです(なかった、というわけではありません)。

このため、ほかの読者からの投稿に埋もれるようなかたちでアインシュタインの書簡がさりげなく載っている…というのはまずありえないでしょう。
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「増刷」について

ということで、現存している「改造」には「アインシュタインの予言」は掲載されていませんでした。ただ、ひとつ気になる指摘があります。

また「アインシュタインの予言」に文句つけてるよ^^|きちが石根
滞在中に雑誌改造『アインシュタイン博士来日特集号』発行。計4度の増刷を重ねた。件の言葉は博士離日後の翌年の第3版から掲載されている。


という指摘です。つまり現存している「改造」には掲載がなくても、よりレアな「増刷分」には掲載されていたのだという主張をされる余地があります。

「自分しか持っていない増刷」があると主張すればなんでも通ってしまうのですが…。反論できません。しかし、いくつかの可能性については指摘しておきます。

・雑誌はあまり増刷はかけない

戦後の出版業界の慣行ですが、ムックや別冊などの不定期刊行分を除くと「通常は増刷をかけることはありません」。これは、雑誌は速報性を重視した媒体であり、記事の差し替えなどをするくらいなら次号以降の記事として採用したほうが有利だからです。また、増刷しても広告主から新たに広告代を取ることはできないので損する部分もあります。なお、ムックや別冊は“流通形態の特殊な書籍”なので増刷対応をすることはあります。

「改造」の該当号=1922年12月号は通常号です。従って増刷をかけたという可能性は低いのではないかと思います。

・新たな書簡なら別の号に載せる

当時は、知識人からの書簡は非常に大きな価値をもっていました。どんなにありきたりの文面でも、新たに発刊するぶんに載せるほうが商品価値を有効利用できます。したがって単なる増刷分に高名な博士からの玉稿を載せたというのはかなり考えづらいです。

・短期間で増刷・差し替えが可能か

「滞在中に雑誌改造『アインシュタイン博士来日特集号』発行。計4度の増刷を重ねた。件の言葉は博士離日後の翌年の第3版から掲載されている」というのが事実だとすると、博士の来日が1922年11月。その翌年で1923年1月ないし2月号が発行される1月までに4刷を重ね、なおかつ版の差し替えも行ったということになります。

しかし、当時はDTPではありません。単に刷を重ねるだけなら簡単にできますが、読者からの反響や博士からの書簡をこんな短期間で誌面に反映する余裕があったでしょうか。少し考えづらいと思われます。
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その後の「改造」

ひととおり検証しましたが、1922年11月から1923年にかけての「改造」に「アインシュタインの予言」は見つかりませんでした。

その後「改造」は太平洋戦争中の1944年に廃刊となります。

しかし戦後、1946〜1955年にはいちおうの復刊を果たしています。実は戦後の「改造」については、国会図書館の電子検索の対象となっています。念のためここでアインシュタインについて検索すると、下記の3つの記事がヒットしました。

  • 1948/08号 アインシュタイン訪問 / 山本 俊太
  • 1950/02号 アインシュタイン会見記 / 末包 敏夫
  • 1950/10号 プリンストンの碩学--アインシュタイン博士と私 / 湯川 秀樹


すべての記事についてチェックしましたが(当然とはいえ)やはり「アインシュタインの予言」は掲載されていませんでした。

そのなかで、1948年8月号の「アインシュタイン訪問」には興味深いアインシュタインの発言が載っていました。これはアインシュタインの友人で日本に彼を招聘した改造社元社長(当時すでに亡くなっている)の息子が、博士を訪ねての会見記です。彼は平和と宗教の関係についてこのように語っています。
「宗教は平和に貢献しうるものでしょうか」
「宗教という観念は非常に漠然たるものであるから、その宗教が平和問題にどういう影響をもつかということはハツキリとはいえない。しかし、もし宗教が団体宗教の意味であれば、自分は非常に懐疑的である。その理由は宗教団体それ自信が非宗教的社会によって支持されているからである。それ故に宗教はあまり平和に貢献することはないと思う」


天皇を中心とする神道も宗教ですが、ここでアインシュタインははっきりと「宗教はあまり平和に貢献することはない」という考え方を提示しています。「アインシュタインの予言」とは趣を異にするものです。
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「改造」1923年2月号

来日の興奮さめやらぬようすで、「改造」には翌年の2月号にもいくつかのアインシュタイン関連記事が掲載されています。

この中には講演旅行中に同行した石原純氏による「アインスタイン教授の講演」という記事があります。このなかではアインシュタインの戦争と当時の日本の世相についての印象を伺える文章があります。p.43からの
教授はそう云う境遇のために心から戦争を憎み、軍隊を嫌い、ひたすらに平和との共助とを望んでいられます。大きな塀をめぐらした兵営の傍を通ったり、神社の前庭に大砲や弾丸を飾ってあるのを見て、どんなに苦い気持ちをもたれたことでしょう
です。

これについては、一部で喧伝されている「アインシュタインの“平和主義”は今の左翼が夢想するような“軍備否定”ではなかった」とは一致しないイメージを受けます。もちろん本人の言辞ではありませんが。また、当時も国家神道に属する神社には大砲などが飾られており、軍国主義とイメージがリンクしていたことも伺えます。

また、「アインスタイン博士答弁」という原稿も掲載されています。これは博士が日本人からの質問に答えるという体裁をとった記事です。ここで、はじめてアインシュタインが日本の軍国主義について触れています。先にも述べたように「短期間の在留では知見が足りない」と謙遜しながらも、p.196にあるとおり
私に純粋の政治的問題と思われるのは軍国主義に対する争闘です。これが私の意見ではこの国に対しての実際の危険です
と述べています。つまり、日本の軍国主義に対して危機感を表明しているわけです。

ちなみに、ご存じのように当時の雑誌は当局の検閲を経ない限り発行できませんでした。「改造」でもそこかしこに検閲に引っかかって伏せ字になっている部分が多く見受けられます。そのなかでこのような文言が世間に公表されていたというのは、なかなか意外な発見でした。
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「改造」1923年1月号

翌年の1923年1月号は、p.293からそれなりのページ数を割いてアインシュタイン来日後の“総括”を行っています。しかし、この号についても「予言」は発見できませんでした。

かわりに「巻頭言」には「偉人を慕うこころ」という文があり、下記のように記していました。
「彼は他人を呪わなかった。階級闘争を超越していた。民族関係を眼中におかなかった」


ここからはアインシュタインを接待した「改造」関係者が、博士から民族の上下に頓着しない姿勢を感じ取っていたようすが伺えます。

この号には日本を訪れた感想と謝意を述べるアインシュタインの書簡も掲載されています。p.337前後の「日本に於ける私の印象」です。しかし、ここではアインシュタインは
ごく短い滞在だったので、日本の社会や政治情勢について造詣を深める余裕はなかった
という趣旨のことを述べています。つまり、天皇制などについて触れるほど知見がない…と分別を見せていたことがわかります。

ただし、
「然し只一つ私の心に横っていることを云わしてもらいたい。日本人が西洋の科学を賞賛し、自己も大いなる理想を以て之に向かいつつあることは素より喜ぶべきことではあるが、自己が西洋に優越して有する大いなる美を純潔に保たれんことである。生活の芸術的形を具えていること。質素にして而も個人的欲求の少なきこと。日本の心の清くそして静かなること」
との句を残しています。

博士は、来日時に日本食を食する機会があり、これを「絵のように美しい」と喜んだという記録が残っています。「生活の芸術的形を具えている」とは、こういった様式の美についてのことだろうと思われます。

しかし、天皇制についての言及は一切ありませんでした。「天皇」の「天」の字も出てきません。
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「改造」1922年12月号について

検証した中でもとりわけ注意を要するのは、「混迷する世の中をどう生きるか」で出展としている「改造」の1922年12月号です。

この号は、アインシュタイン氏の来日を受けてはじめて氏関連の記事を掲載した「アインスタイン号」という特別仕立てになっています。表紙もアインシュタインの肖像を使っています。

ただ、構成としてはアインシュタインについてのみ取り上げた誌面になっているわけではありません。p.4からの「理論物理学の現時の危機について」というアインシュタインからの寄稿をはじめとして特集が行われてはいますが、ページ数でいうと1/3程度を占めているだけです。

記事の特徴としては、基本的に
アインシュタインを理論物理学の観点から取り上げた内容
となっています。碩学に昨今の社会情勢についてまで論じてもらおうという内容にはなっていません。いわゆる「相対論」として知られている科学理論を熱心に論ずる、物理学者らの寄稿が中心です。

そのなかでp.124〜は室伏高信氏による「アインシタイン会見記」という、比較的やわらかな読み物になっています。内容は、在欧時のアインシュタインに会見した筆者の随筆というかっこうです。このなかで、日本について、天皇について述べた文言があるかどうか見ましたが、むしろ
「東洋人はみな小さい。人が小さいから家も小さいだらう。どんなに小さいか? どんなに小さい家だらう!」(p.133)
という、博士の思ったよりも差別的とすら思える言辞が見つかった程度でした。

しかし、翌年の「改造」に博士のそのほかの言動の報告があるかもしれません。そこで、翌年についても片っ端から読んでみました。
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手短な結論

まず、前項の各号について検証した結果を先に報告します。

「改造」からは、言われているようなアインシュタイン氏の発言は一切みつかりませんでした


このあとのエントリについては、とりわけ注目すべき1922年12月の「アインスタイン号」などについて個別に取り上げます。
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反論の検証

挙げたように、「改造」への「予言」掲載を主張することで中澤氏に反論されている方がいます。

幸いなことに、「改造」は非常にメジャーな雑誌で現在も大学図書館・国会図書館などで創刊号からすべて閲覧することができます。つまり、この反論については検証が可能です。

ということで、実際に当時の「改造」をしらみつぶしにチェックしてみることにしました。対象となる号の範囲は下記の事項も基に決定しました。
  • アインシュタイン来日の1922年11月以降
  • 「混迷する世の中をどう生きるか」で典拠としている1922年12月号
  • 「きちが石根」で「翌年掲載された」としているため1923年の発売号すべて


つまり
1922年11月号から1923年12月号まで
となります。

なお、当blogでは「改造」からの引用についてスキャン画像ではなくテキストの抜き書きとさせていただきます。これについては「改造」の入手が容易であることから読者による検証が可能であり、許される範囲内かと思います。また、転載文について
  • 仮名遣いが掲載文と異なる
  • 漢字が異なる
などの部分があります。これは手書き転載のため、筆者の読み書きしやすい範囲内で変更になっていると考えてください。恣意による書き飛ばしや付記は一切行っていません。
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中澤氏への反論

中澤氏はこのように検証結果を公表していますが、いまだに「予言」を事実として引用している書籍が刊行されているほか、ネットでは「検証を否定する」言文が見られます。

検証を否定する側の主張を簡単にまとめると
  • 新聞で報道されるようなものではなかった
  • 講演で述べたものではない
  • 改造社が出版する雑誌「改造」に掲載されていた
となります。

このような主張をしている書籍・ネットでの言文は下記のようになります。



Let's blow!毒吐き@てっくのテキスト内容の引用
2005年11月28日
アインシュタインの予言

アインシュタインの予言(あるいは、「世界の盟主」)
    
 近代日本の発展ほど世界を驚かせたものはない。
 一系の天皇を戴いていることが今日の日本をあらしめたのである。
 私はこのような尊い国が世界に一ヶ所ぐらいなくてはならないと考えていた。
 世界の未来は進むだけ進み、その間幾度か争いは繰り返されて、最後の戦いに疲れる時が来る。
 その時人類は、まことの平和を求めて、世界的な盟主をあがなければならない。
 この世界の盟主なるものは、武力や金力ではなく、あらゆる国の歴史を抜きこえた最も古くてまた尊い家柄でなくてはならぬ。
 世界の文化はアジアに始まって、アジアに帰る。
 それにはアジアの高峰、日本に立ち戻らねばならない。
 われわれは神に感謝する。
 われわれに日本という尊い国をつくっておいてくれたことを

みんな、こんな文章見たことあるはず

あっしゃあ、原爆の張本人に何言われてもうれしくも何ともないけどね、別に

で、ちょっと詳しい人は、今、この「アインシュタインの予言」ってのがある勢力によってガセネタ扱いされてるのを知ってると思う

「アインシュタインの予言」でググって(検索して)みて・・・
東大のドイツ文学の中澤英雄さんの意見が出てくるはず
で、これを広めて回ってるバカがいる

だーれも反論しないのか?
国粋主義者の作り話だと?

『日本とは如何なる国ぞ』(昭和三年)なんて、今じゃだーれも持ってないような本から引用して、「九条の会」の中澤さん、「ガイア意識が地球を救う」なんてわけわからんこと言うとるオッサン・・・中澤英雄さんが勝手に論を立ててる

アインシュタインと日本 Part 3

今、ググって見たらここでもこれを利用してリンクコピペ貼ってる奴がおった

もともとは、この高田 Bebsonっていう人がそこら中に言いふらしてたらしい
自分で一次資料集めた上でガセと断定してるんだろうか、この人は

情けない・・・誰も反論する奴はおらんのか?
その中澤さんの資料の引用はあってるのか?

増田俊男は何しとる?

中澤さんのツレの藤原肇さんはどう思ってる?

藤原さんの天敵の副島さんは?

藤原信者はどうしてる?

と、煽るだけ煽ってみるテスト

言っとくけど、高田って人が尋ねてきても相手しないよ
先生方の反応を高みの見物することにしてるし
訊かれても、教えてあげない
勝手にふれまわってればいい
中澤先生ご本人だったら、先生がお持ちでない資料見せてさしあげます
 
中澤先生
自分しか持っていないと高をくくって、都合のいい引用でいいかげんなこと言わないでください

別に、我が国に落とした原爆の元凶であり、ジューイッシュのアインシュタインが何を言おうが、私にとってはありがたくもなんともありませんが、あなたはどうしてそんな妄想にこれほどまでの執念を燃やされるのでしょうか
あなたほどの方が何の考えもなしに、どこかの安物左翼がしているような、為にする日本のあら探しをおやりにはなりますまいから

里見岸雄博士のお父さんの田中智学さんの誹謗をされたときには、当方にも考えがあります
ところで、文中で著者名を田中巴之助と書かずに
 【アインシュタインの予言】の元となったのは、田中智学の『日本とは如何なる国ぞ』(昭和三年)という本にある次の文章である。
と、お書きになっているのは、何か了見あってのことでしょうか

投稿者:tech : 2005年11月28日 01:10

コメント: アインシュタインの予言
昨日、皇室典範を考える集いで、平沼先生がこのアインシュタインの予言を話されてました。一生懸命議員に働きかけているようですが、ことの重大さを理解してない人が多いようです。すごく心配。「国会に提出させたくない」とおっしゃってましたが、そんな平沼先生もいない自民党ではどうなることやら…。

一時てっくさんのサイトにアクセスできない時は心配しました。その後何事もないようなのでホッとしてます。

投稿者 shionos : 2005年12月01日 14:25

shionosさん、ご心配おかけしました
平沼先生は騏一郎先生に聞いて、ご存知なのかもしれません
田中巴之助さんの本を引き合いに出して、中澤英雄さんがそこからの創作だと言いがかりつけてますが・・・
あれの発行は昭和3年、もともとのアインシュタインの言葉は大正11年ですから
改造社が招聘したときに残された言葉なんですが、中澤さんは新聞しかチェックしてないみたいです
というか、始めに結論ありきの、これまた為にする論の立て方ですね
私はオタなので、改造もその他の文書も持ってます

ともあれ、ご心配ありがとうございました


投稿者 てっく : 2005年12月01日 21:22

はじめまして。ほぼ毎日拝読させていただいております。
頭悪くてよく解らないんですが、このアインシュタインの言葉は本物ですか?
ちゃんとしたソースは残ってないのでしょうか?
以前この話を友人に話したことがあるんですが、今後話してもいいものかどうか・・・。


投稿者 一読者 : 2005年12月12日 02:47

一読者さん、大丈夫ですよ

ただ、
http://blog.livedoor.jp/sazan1216/archives/18603561.html#trackback

http://www.shuwary.com/mt/m-t-t-b.cgi?__mode=view&entry_id=75

http://d.hatena.ne.jp/yuppii/20050719

こういう、世界政府とか靖国代替施設とかぬかしてらっしゃる(笑)デンパさんに仕掛けしてますんで、最後に中澤さんが引っかかるまでソースは明かせませんが

多分、地球市民の中澤センセの耳にも届いていることでしょう
ということで、現時点で手の内が明かせないのが残念です


投稿者 てっく : 2005年12月12日 09:33

こんにちは (^^)/。
 1967年発行の大本教学研鑽所編 『大本のおしえ』 に 「スタイン博士」 の言葉として出てきているのですけれど、どうしたものでしょうか?

http://www.kumanolife.com/History/ain.html

投稿者 オラ : 2005年12月18日 02:01

オラさん
時期がきたら、いろいろ公開します
今はまだ、その時期じゃないので、ご期待に添えずすみません

投稿者 てっく : 2005年12月18日 22:55

てっくさん、先ほどはPRIDE OF JAPANの方での返信ありがとうございます。
どうやらてっくさん的には確証を持っておられるようですが、現状では(すくなくともネット上には)例の文言を裏付けるものが無いということでしょうか??
とにかく公開を楽しみにしています。

投稿者 うにょ大佐 : 2005年12月19日 00:50

うにょ大佐さん、はじめまして

なかなかご本人が引っかからないんですよね・・・
コテンパンにやっちまいたいんですが

投稿者 てっく : 2005年12月19日 01:35

また「アインシュタインの予言」に文句つけてるよ^^|きちが石根のテキスト内容の引用
また「アインシュタインの予言」に文句つけてるよ
テーマ:今日のよろしくない事
これ定期的に文句いう人が現れる面白い現象なんですが
ネットで流行「アインシュタインの予言」、人違い?http://www.asahi.com/national/update/0607/TKY200606070141.html
(もちろん朝日)
この中澤某というのは九条の会だかなんだかの完全な左巻きの人で
前からこの「アインシュタイン博士のメッセージ」の人気が気に食わな
かったみたいですね。
これは正式な掲載名は「世界の盟主」っていうんだけど
一部で言われているような講演会での言葉ではなくて
雑誌『改造』にアインシュタイン博士が寄稿した文です。
(もちろん、講演中にも発言されたかもしれませんが
一次資料がないので知りません。)
雑誌『改造』?なんかあやすぃーとか思われそうな名前ですが
この改造社ってのは今で言うところの
文芸春秋とか中央公論とかみたいなメジャーなところで
今で言うところの進歩的文化人に支持された急進的社会主義色
の強い雑誌でありました。
でなんで『改造』なのかというと
アインシュタイン博士来日講演の企画はこの『改造社』が
主体的に推進したのです。

今で言うなら
主催・協賛 朝日新聞
みたいなもんです。

ですんでこの「来日講演」の博士への依頼も
滞在の世話もこの「改造社」の手配でしてるんですね。
ですんで博士が来日後、『改造』にメッセージを送っても
別におかしい話では無いわけです。
そして翌年の雑誌『改造』で公開されたわけです。

私がはじめてこの話を聞いたのは随分昔の話ですが
たしか千葉大の清水教授(当時)の講演会でした。
ええ、出典伺いましたよ。
他の方もおっしゃってましたが雑誌『改造』です。
もちろん調べましたよ(事のついでですが)
ありました^^
改造社というのは有名な横浜事件後、廃刊分解^^するんで
当時の社の保存資料は非常に少ないわけです。
(廃刊理由が理由ナだけに)
ですが雑誌『改造』は当時非常に人気のあった雑誌ですので
(円本ブームっていうのがありました)
戦後たくさん出てきました。
はい。
某に言いますけど
国会図書館でもどこでも行って探した?

追記
博士は約一月半滞在しましたが
滞在中に雑誌改造『アインシュタイン博士来日特集号』
発行。計4度の増刷を重ねた。
件の言葉は博士離日後の翌年の第3版から掲載されている。
またその博士のメッセージは改造社社長山本実彦への書簡
が典拠となる。
滞在中は常に山本社長が随行し夫妻とは家族ぐるみの親しい
間柄となる。

注*よく出てくる稲垣守克氏というのは
単に博士の通訳として紹介されるケースが
多いですが、正確には「改造社社員」です。
-------------------------
追記
コメ無いし興味のない話かなと思ったらアクセスがいっぱいでびっくりです。

この話は私のお気に入りに入れているクライン孝子さんの日記で知りました。
私の気持ちは単純です。
いい話なんだからほっとけよ。・・・です。
あ、言いますと中澤某というのはまんまとはまった訳ですね。
最初に願望とする結論がありそれに向かって調べたのではないでしょうか?
だからわかったようなわからないような否定になっているのです。
ネタばらししますと、
アインシュタイン博士のメッセージ書簡は事実です。
ただし、改造での取り扱いは実は非常に小さいものです。
なぜならその他の改造読者向けの投稿の方が大切だったからです。
不思議でしょ。
こんないいメッセージなのに。

答えは・・・このメッセージは当時の儀礼的文書の雛形の一部なのです。
民間・政府間問わず、似たような儀礼文は探せば色々出てきます。
時間があれば当時の外交文書とか色々探してみてください。
今の時代から見ると改造社は左翼じゃないかって?
なのに皇室礼賛記事?
そうです、左翼です。
しかし左翼=反天皇(制)っていうのは後に生まれた概念で
無政府主義論的なそれとはまた違います。
ですので当時急進的な社会主義思想をもった媒体でも
反王制的な概念を持つ思想というのものは
我が国ではほとんど見られません。
急速に左翼=反王制(天皇)というイデオロギーが構築されていったのは
マルクス主義ではなくソビエトという国が生まれてからです。
中澤某は一系の天皇=軍国主義みたいな指摘して、
だから平和主義者のアインシュタイン博士が天皇を誉めるわけが無い
っていうようなツボにはまっています。
平和主義者でありかつ、王室=軍国主義という固定概念を持っているのは
日本の平和主義者ぐらいのものでしょう。
ですので改造が我が国皇室の事を含んだメッセージを掲載するのは
不思議でも何でもありません。
話は戻って
アインシュタイン博士の来日は民間主導で行われていますが
博士の人気と複雑な時代背景もあって公賓扱いであったのは事実です。
当時の時代背景は
第一次世界大戦のドイツ敗戦から日も浅く
戦勝国日本との外交交流は非常に神経を使うものであったようです
当然博士だけの自由な講演旅行ではありませんでした。
このあたりの注釈の意味は賢明なみなさんはわかりますよね?
--------------
それとネット上にあるちょっと誤解があるんではないかという部分について一言。
中澤さんの論文?にもありますが
ガキ=稲垣守克氏は単なる通訳ではなく改造社社員です。
それと中澤さんが揚げ足取っている
名越二荒之助氏の著書の「世界の盟主」部分についてですが
名越氏は根拠のないことは書かれませんよ。
それと稲垣守克氏とは面識がおありだと思います。
-----
ちょっとそれますが稲垣守克氏について
世界連邦の事が引き合いに出されていますが
いまでこそ世界連邦運動は左翼の巣窟の様になっていますが
発足当時はイデオロギーに影響されない崇高な理念で
展開していた国際的な運動だったと思います。
アインシュタイン博士来日時に終始博士に随行された稲垣守克氏は
後に世界連邦建設同盟の理事長に就任されます。
そうです。稲垣守克氏はアインシュタイン博士の書簡の事もご存知で
来日時の記録についてはもっとも詳しい方です。
さてその世界連邦建設同盟の事務局長に就任されたのは
故田中正明氏です。
そうです、中澤さん等が最も嫌う、中澤さん等が言うところの”右翼”です。
(私からすれば本来いたって中庸では?)
さて先の名越氏と故田中氏は憂国の士として深く交流されているのは
ご存知でしょうか?
そして稲垣守克氏と故田中氏の関係は言わずもがなです。
アインシュタイン博士の逸話は稲垣守克氏にも確認されての事でしょう。
ただ、「世界の盟主」は先に述べたとおり、当時としては
一般的に知られたテンプレート文であり大きな話題ではありませんでした。
しかしながら博士が日本及び日本人に対して抱かれた感情・想いは
儀礼を准える以上のものがあったのは間違いないでしょう。

もう一度
いい話なんだからいいじゃないの?
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中澤英雄氏による「予言」検証

「予言」の検証作業については、中澤英雄氏(東京大学教授・ドイツ文学)もすでに行っています。まず、その検証内容をざっとまとめます。

検証作業は2005年のメールマガジン「萬晩報」の中で行われており、下記の2つの記事にまとめられています。



氏は
  • 来朝当時の新聞記事
  • 来朝時の講演内容をまとめた講義録
を調査し、「このような発言をしたという典拠はない」とまとめています。

同様の主張について報道したのが、朝日新聞による2006年6月7日の記事です。ここでは資料として全文引用させていただきます。

asahi.com:ネットで流行「アインシュタインの予言」、人違い? - 社会
ネットで流行「アインシュタインの予言」、人違い?
2006年06月07日11時06分

アインシュタイン博士が日本をべた褒めしたとされる「アインシュタインの予言」という文章が、ネットや一部の書籍で広まっている。だが実は、博士とはなんの関係もない言葉が孫引きで広まっただけだと、東京大学の中澤英雄教授(ドイツ文学)が主張している。調査でたどり着いたのは、シュタインという法学者の言葉とされていた文章だった。

「神に感謝する。我々に日本という尊い国をつくっておいてくれたことを」といったくだりがあるこの文章は、多少の相違はあるものの、1950年代から軍人や宗教家の書籍で紹介され始め、最近は日本文化を誇る「ちょっといい言葉」としてネットで引用されることも多くなった。

だが出典が常にあいまいで、内容も博士の思想とは相いれないのではと疑問を持った中澤教授が、この言葉のルーツを追ってみた。その結果、アインシュタインの言葉として引用されている例として一番古いのは、56年の書籍であることがわかった。

さらに戦前にさかのぼると、文意がよく似た文章が28(昭和3)年の『日本とは如何なる国ぞ』という本のなかに記されているのが確認できた。著者は、戦時中の日本の国体思想に大きな影響を与え、「八紘一宇」という言葉の提案者である宗教家の田中智学だった。

ただし、この本では予言を語った人物はローレンツ・フォン・シュタインという明治憲法成立にも大きな影響を与えたドイツ人の法学教授だとされていた。

中澤教授は、田中智学がこの言葉を知るもととなったシュタインの講義録などにも当たってみたが、該当する文章を見つけることはできなかったという。

結局、起源はシュタインの言葉でもなく、田中智学が自らの思想をシュタインに寄せて語った文章の可能性が高いと中澤教授は見る。それが孫引きを繰り返されているうちに、どこかで「アイン」がついて、アインシュタインの予言だということにされてしまったらしい。

中澤教授は「海外からみたらアインシュタインをかたってまで自国の自慢をしたいのかと、逆に日本への冷笑にもつながりかねない事態」と心配し、安易な孫引きにくぎを刺している。

■博士の言葉として流布「日本という尊い国に感謝」
例えば、『世界の偉人たちが贈る日本賛辞の至言33撰(せん)』(ごま書房、2005年)には、アインシュタイン博士の言葉として次のように記されている。

「近代日本の発展ほど世界を驚かせたものはない。一系の天皇を戴(いただ)いていることが、今日の日本をあらしめたのである。私はこのような尊い国が世界に一カ所ぐらいなくてはならないと考えていた。世界の未来は進むだけ進み、その間、幾度か争いは繰り返されて、最後の戦いに疲れるときが来る。そのとき人類は、まことの平和を求めて、世界的な盟主をあげなければならない。この世界の盟主なるものは、武力や金力ではなく、あらゆる国の歴史を抜きこえた最も古くてまた尊い家柄ではなくてはならぬ。世界の文化はアジアに始まって、アジアに帰る。それには、アジアの高峰、日本に立ち戻らねばならない。我々は神に感謝する。我々に日本という尊い国をつくっておいてくれたことを」

〈アインシュタイン研究者の板垣良一・東海大教授(物理学史)の話〉 この言葉は、アインシュタインのものではないと断言できる。彼はキリスト教徒でもユダヤ教徒でもなく、「神」にこだわらない人だった。日記や文献を詳しく調べてきたが、彼が天皇制について述べた記録はない。
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「アインシュタインの予言」とは?

「アインシュタインの予言」とは、1922年(大正11年)に当時の改造社の招きで日本を訪問した物理学者アルバート・アインシュタインが残したという、次のような発言もしくは手紙のことです。

「近代日本の発達ほど、世界を驚かせものはない。この驚異的な発展には、他の国と異なる何ものかがなくてはならない。果たせるかな、この国の三千年の歴史がそれであった。この長い歴史を通して一系の天皇をいただいているということが、今日の日本をあらしめたのである。私はこのような尊い国が世界に一ヶ所なくてはならないと考えていた。何故なら、世界の未来は進むだけ進み、その間、幾度か争いは繰り返され、最後の戦いに疲れる時が来る。その時、人類は誠の平和を求めて世界的盟主を挙げねばならぬ時が来る。この世界の盟主なるものは、武力や金の力ではなく、あらゆる国の歴史を抜き越えた、最も古くまた尊い家柄でなくてはならぬ。世界の文化はアジアに始まってアジアに帰る。それはアジアの高峰・日本に立ち戻らねばならぬ。吾々は、神に感謝する。天が吾々に日本という尊い国を作って置いてくれたことを」


内容は取り上げられている媒体などによって、かなり異なりますが、おおよそにして
  • (当時の)日本の繁栄は万世一系の天皇のおかげである
  • そのような日本こそ、将来の世界的盟主にふさわしい
というのが趣旨です。

このblogは、この「予言」が実際にアインシュタインによってなされたのかどうかを検証しています。
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